下山事件資料館

下山事件とも関係の深い鈴木市蔵氏に関するお願い

鈴木市蔵氏について(2005年版)
(鈴木氏は2006年1月29日、ご逝去されました)

鈴木市蔵「下山事件前後」さてさて、僕は特定の思想もないし、主義もありません。
ちょっと古い言い方になるけど「ノンポリ」というやつです。
言い訳じゃないけど、「下山事件」を語るにも、そういう立場がベストだと思っています。
だけどあれからすでに56年が経過しています。
だから、この方の窮状だけは、このサイトに来られているすべての方に知ってほしいのです。

総裁と真っ向から対決した元国鉄労働組合の副委員長だった鈴木市蔵氏についてです。

鈴木市蔵氏は昭和24年の事件発生当時、実質的に組合側の代表者として下山総裁ほか国鉄当局と交渉した方です。なぜなら、当時の委員長は(理由はさておき)ヨーロッパへと研修旅行に出かけていたからです。

事件発生3日前の7月2日、総裁が苦渋の表情を浮かべながら、国鉄労働組合との話し合いの打ち切りを宣言した瞬間にも、組合側の代表者として交渉の現場にいました。

ためしにありとあらゆる「下山本」をお読みなってください。必ず「鈴木市蔵」という名前が出て来ることでしょう。

鈴木氏も下山総裁も、歴史の流れに押しつぶされる形となったのは、周知のとおりです。

実はその鈴木氏が現在94歳でご存命なのです。

ただ「アルツハイマー型老人性痴呆症」に冒されており、生活面でも困難な状態にあります。

2005年現在、大泉学園の自宅はすでに他の方へ賃貸しており、和光市の老人ホームに奥様とともに入居しておりますが、賃貸による収入は老人ホームの入居費が賄えるというだけで、年金の支給もないため、決して生活は楽とはいえません。

2003年から「鈴木市蔵さんの介護を支援する会」が発足しています。僕はこれらのことを、たまたまネットサーフィンしていて、吉川勇一様という方のWEBサイトで知りました。

以下、吉川様のサイトで紹介されていた全文を、吉川様の許可を得て紹介させて頂きます。これと同じものを吉川様のサイトでもご覧頂けます。「ご案内」の92番をご覧下さい(2003年の文章なので、現在の状況は若干異なりなすが会は存続し、今も呼びかけを行っております)。

当サイトには、「事件マニア」から「著述業の方」「組合関係の方」まで多くの方が訪れます。思想や主義を超えたところで、何らかの関心を持たれた方は、是非これ以後をお読み下さい。(2005年7月)

「鈴木市蔵さんの介護を支える会」

元「国鉄労働組合」副委員長、元参議院議員の鈴木市蔵さんをご存知の方にお願いです。鈴木さんは、今、健康状態を極度に悪くされ、療養中ですが、経済的にも困難な状況にあり、ご夫人もたいへん辛いご様子です。そこで、鈴木さんを知る何人かが以下のような「カンパのお願い」を出すことにしました。お力を添えていただければ幸甚です。(吉川勇一)

鈴木市蔵さんの介護を支えるカンパのお願い

梅の蕾もようやくほころびはじめました。各位におかれては元気に旺盛な活動展開のことと思います。

さて、戦後、日本労働運動を牽引した国鉄労働組合の副委員長として、また二・−ゼネストの指導者として、五○年代にはアメリカ占領軍の弾圧にさらされた、朝鮮戦争下の日本共産党の臨時中央指導部員として、また、4・17スト破りに反対し、部分的核拡散防止条約をめぐって日本共産党から除名され、なお革命・平和運動・労働運動の再生に意欲を燃やし続けた人として、鈴木市蔵さんの名は日本の戦後史に大きくその名が刻まれております。

私たちの運動上の大先輩である鈴木市蔵さんが数年前から、「アルツハイマー型老人性痴呆症」に冒され、奥さんは看病に疲れ果て、個人的な献身ではどうにもならない状態となり、鈴木さんを施設に預かってもらい、奥さんは埼玉県志木市内の姪(吉田設子さん)の家に引き取られました。

こうした鈴木さんの状況が昨年の暮、鈴木さんの奥さんから、志賀美代子(志賀義雄の養女)さん宛てに手紙が届いたことで、知ることができました。私信ではありますが素直に鈴木さんの深刻な近況と奥さんの気持ちが伝わりますので、お二人様の了解を得て別紙に同封しました。(注1)

非常に悲しい鈴木さんの現状を知り、1月中旬に、志賀美代子さん、常岡雅雄氏と渡部冨哉の三人で、志木市の鈴木さんの姪(吉田設子さん)の家を尋ね、鈴木夫人と吉田さんから詳しい事情を聞くことができ、帰路、樋口篤三氏と緊急に対策会議を開きました。

鈴木さんは国鉄に長く勤務しておりましたが、戦前、召集を受け、年金、恩給の受給資格がなく、国会議員の活動は年金がつくほどには長くなかったため、現在では夫婦合わせても16万円程度しか年金がありません。鈴木さんの大泉学園の家は約35坪程度で、鈴木さんの療養費のために処分を検討しなければなくなっています。

現在入院中の武蔵野病院も三ヵ月を経過したので退院を迫られ、1月29日に退院し、現在は川越市の介護老人保険施設「いぶき」に入所しました。2月13日、10名の人が集まり、緊急に対策会議を開き、長期の対策としては特別養護老人ホームの入居の方法を模索しながら、まず差し当たって「鈴木市蔵さんの介護を支える会」を立ち上げ、井上敏夫、川俣光真、志賀美代子、村井紀子、渡部冨哉の5名が事務局員となり、孤立状況にある夫人の介護を支える激励とカンパを幅広く呼びかけようと相談がまとまりました。

「鈴木市蔵さんの介護を支える」ためのカンパを訴える次第です。ご多忙のところ恐縮ながらご趣旨に賛成の方は同封する振込用紙に振込みくださるようにお願いします。(注2)
末尾ながら貴方様のご健康を祈ります。(2003年3月7日)

[呼びかけ人]
有賀宗吉、 いいだもも、 大井武正、 大賀正行、 武井昭夫、 宝樹文彦、 常岡雅雄、 原 宏、 増山太助、 村上寛治、 村上義光、 樋口篤三、 福田玲三、 吉川勇一
   「鈴木市蔵さんの介護を支える会」事務局長 渡部冨哉
   181 東京都三鷹市上連雀5-12-7
        電話およびFAX 0422-48-3841
(吉川注) 1. 鈴木さんの私信ですので、ここでは公開しません。この問題に好意的関心をお持ちの方 で、鈴木夫人の私信をお読みになりたい方は、吉川宛にメールでご連絡下されば、.お送りします。
       2. 郵便振替口座は以下の通りです。恐れ入りますが、郵便局での用紙をご利用ください。
       加入者名  鈴木市蔵さんの介護を支える会
       口座番号  00140−2−443650